▼ユーザーフレンドリーすぎる。
▼つーーーーーーーーーーーーーか、すげえ下らないからよく追っかけてないんだけど、Tシャツ投げ込みとか地蔵は死ねとか手拍子やめろよとかちょうくだらねえことでまた内紛してるんだってねー。Tシャツ投げ込みはともかく(というか代々木の時点であんなに花道から本人らがモノ受け取ってる時点でこんな展開になるのを予想するのは、オトメン(夏)がクソドラマである(が故に俺は好き)と予想するに等しいくらい必定なのにね)、他人の鑑賞スタイルが気にいらない・気になって集中できないという好き嫌いの次元の話に、「元来Perfumeというものは〜」とか「あんな音楽聞いておいて体動かさないやつは〜」とかあまつさえ三人の気持ちをイタコかっていうレベルで憑依させて自己援護に使うとか、善悪の次元や功罪の次元もしくはそれ以前のイタコとか恐山的な次元の話にしてるのがすげえやだ。馬鹿だとすら思う。マジでおれPerfumeファン嫌いだわー。他人に対して狭量すぎるんだもん。自分が正しいと信じて疑わないもん。もうやだ。本人達は一切悪くないのにね。
▼いや本人達も悪いかも。
▼いや事務所が全部悪い。(狼脳)
▼今まで書いたの全部うそ!みんなみーんな悪くないよ!
▼トライアングルいいよねー。
これから、二つのPerfumeのインタビューを見ていきたいとおもう。時期は同じ今年三月、ワンルームディスコ発売時。
一つめは、VIBE-NET.comから。
http://www.vibe-net.com/musicinfo/interview/PERFUME.html ―― 広島から東京に出てきた頃の思い出と重なるものはありました?
のっち: ありましたね。やっぱり思い浮かぶ映像っていったら、上京してきた時に3人一緒の寮に入ったんですけど、その時の寮の部屋の感じっていうのが浮かびました。
―― その時の感情は歌に込めたりしましたか?
かしゆか: 込めてないですね。いつも感情込めずに歌うようにしてるので。歌詞は理解しても、気持ちを込めるのとはまた別で、「へぇー」っていって客観的に。ほんとにリスナーの方がCDを開けて歌詞を見た時と同じ感覚でいただいてます。
いつもの「感情を込めては歌いません」という台詞。
では、二つめ。ロッキング・オン社発行の『H』2009年4月号から。
―― 今までの近未来感とか世紀末感っていうのは、やっぱり幅広い抽象的なもので。今回は、すごく具体的なんですよ。”Dream Fighter”もそうなんだけど、Perfumeもここまで来たんだなあ、そういうメッセージを背負うことがひとつの面白さになる立場になってきたんだなあ、と思って。だから、極端な話、今までの曲を聴いて涙する子はいないと思うけど、”ワンルーム・ディスコ”を聴いて涙する子はいると思うんですよ。
かしゆか「現実味があるからですか?」
―― そう、現実味があって自分に置き換えやすい楽曲だから。
あ〜ちゃん「ああ、なるほど。」
―― それで何が訊きたいかっていうと、そういう曲に出会って、歌うときの気持ちは3人の中でどのぐらい変化したのかなっていう。
のっち「歌うとき、何か考えた?」
かしゆか「少しだけ明るくしてみました」
―― へー、明るくね。
かしゆか「今までほんとに何一つ意識してこなかったんですよ。インタビューのときにふたりの話を聞いて、『あ、わたしも意識しとけばよかった』って思うことがよくあったんです。それで、曲を聴いたときに明るい曲だなって思ったんで、やっぱりわたしも明るい気持ちで歌ってみようかなっていう意識はしてました」
のっち「たしかに、かしゆかが『GAME』の曲とか歌うとき、もうちょっとかわいらしく歌えばいいのなっていうときがあって。この曲楽しい曲なのにすごいぶっきらぼうに歌うなって思ってたんですよ」
―― はははは。
かしゆか「えー、無意識」
あ〜ちゃん「ウケる(笑)」
のっち「でも、出来上がりはそれがいい味になってたりしたんですけど、今回はたしかに楽しそうに歌ってた、声が明るかった」
かしゆか「いろいろ遊んでみようと思って、1番と2番の歌い方を変えてみたりとか、使われても使われなくてもいいやって−−中田さんってそういう人なんですよ、いいとこ取りをしていく人ですし。もともとどう仕上がるか予想がつかないんだから、自分でいろいろしていこうかなと思って。明らかに変えていくっていう感じではなくて、ちょっとずつの変化をつけて、使われなくてもいいやっていう感覚で遊んでみました。何ですかねこれ(笑)。『もっと来てー』ってオープンになっちゃった感じがありますね」
逆と言っていいほど内容が違うんですよね。でも、これはどちらもPerfumeや樫野本人が語ったことには間違いないとも思うんです。
これが何を意味するかというと、彼女らってインタビュアーが求める言葉を話す傾向が特に強いんじゃないのかな、ということなんです。
一つめのインタビューは、無難に今までのパブリックイメージからズレないPerfumeを話してます。ですが、二つめのインタビューでは、インタビュアーの「僕はこう思うんです」という枕がかなり長く裂かれています。これがロッキングオン的なインタビューに見られる、インタビュイーから話を聞いてそこから転がすのではなく、僕の考えた解釈をインタビュイーに正解か尋ねるというクソみてえな手法。なんですけど、これやられて「いや感情(気持ち)を込めて歌っていません」とは言わず、「そういう考え方もあるかも」と考えてそれに沿った台詞を話すのが彼女たちなんじゃないかなということです。
これこそ、彼女らの『聡明さ』の表れとも取れるのですが、その『聡明さ』にロッキングオンという取り合わせはほんとうに最悪な結果しか生みませんよ。だから、今回のあの騒動のインタビューが「内面を語ったPerfume」とはどうしても思えないんです。あそこで語られるPerfumeはインタビュアー小松香里がそうあってほしいと願うPerfumeでしかないと思うんですよ。その「あってほしいPerfume」を敏感に感じるからこそ、過去に(2007年に!)Perfumeはくくりとしてはアイドルでいいか?と尋ねられ「
何でもいいです。どこのくくりでも。」と超然と語っていたあのPerfumeが、ロッキングオンに対してはまるで一般的にアイドル的とされること全般に忌避感があるようなテイストの台詞を今回のインタビューと上に挙げたインタビューとでは話しているのだと思います。んー、だから、どうか、もうこれ以上、揉めるのはやめようよ。先週・先々週にあったことをもう忘れたのかよ。勘弁してくれよ。ほんともう、ぼくは悲しくてしょうがないよ。
実は僕、ストレイテナーのボーカルです。ほんとです。信じてください。違法コピーダメ絶対!
一年位前の「俺が知ってるPerfume」の段階によく見られた形而上的で、一面的なつまらん分析が、「みんな知ってるPerfume」になった昨今ようやく目につかなくなってきたなぁと思ってきたところに目についたので書くよ。
http://d.hatena.ne.jp/massunnk/20090520/p1Perfumeの最大の魅力は「物語」ではない。
代々木に二日とも行った方は思い出してほしい。あの、仕事場・学校の往復で本当にいいものを届けられているのか、なんのために(Perfumeを)やっているのかわからなくなったりしていたという言葉を枕に、「青春全部をPerfumeに費やしてきたんよ。これが無くなると悲しいんよ。」と繋げる西脇独壇場のMC部分。Perfumeがまだ「俺が知ってるPerfume」時代のとき、よく参照されていた宇多丸×掟ポルシェの読売対談にて言われ始めてから、西脇やPerfumeをして「天衣無縫」と形容されていたMCだが、この部分の内容はほぼ二日とも同じだ。完全にBook。お分かりのように、そのMC内容は「道夏大陸」的「物語」に沿ったもの。そして、そのMC開け一発目にやる曲は、「頑張れソング」と形容されているがしかしその実、どれだけ努力しても満たされることがなく「終わりがない」という不全感と絶望を歌う『Dream Fighter』。ある人から見れば、本人から語られる「物語」に感動したあとの「最高を求める」Dream Fighterという感動的な流れになるだろうし、ある人から見れば、緻密に構成の計算されたショーとしてのMCから「絶望」を歌うという壮絶な皮肉を込めたモノにも見えるだろう。「草の根的に盛り上がってきた」「僕らのPerfume」という、薄皮一枚で保たれていた張りぼての「物語」をPerfume自ら露悪的に繰り返すことによって、用意された「物語」を『ショー』の一要素として昇華し、「物語」的信仰に終止符を打ったと同時に、「ディスコ!」と銘打ったコンサートの主題「楽しさ」のほうに主眼を置かせようと個人的には感じたこの行動に、僕はほんとに賞賛を送りたい。
彼女らの口から、苦労や下積みといったことばかりが強調された、(僕にとっては)悲しい「物語」を聞かせられるのは、もう嫌なんだよ。地方に比べて圧倒的に東京のほうがまだ人気があったこと、また僕自身基本在宅であるということを差し引いて考えてみても、四年前のO-Crestのワンマンの時から、これまで悲観的なムードが受け手として僕がPerfumeに漂ったと感じたのは二回。新曲が黒い衣装で「リニアモーターガー」の繰り返しというそれまでの路線とは変わったもので、メジャーデビューが徳間からと発表されたO-Westと、アルバムの表題に「Best」と付いていたことがわかった時くらいのものだよ。そのふたつを例外とはっきり言えるほどに、着実に客層の幅・動員・彼女ら、すべてにおいて時期を追う毎に成長していると感じたし、代々木と変わらず素晴らしいと感じるライブをやってたよ。今でもそう感じるのだからこんなページやTumblrでキチガイみたいに情報集めてるに決まってんじゃん。そんな成長の一端として、客寄せのひとつの道具に前述した「物語」を自ら扱う「したたかさ」を目にした時こそ、僕は心底胸が震えるし、感動するんだよ。分かれよ。
僕は、定型的な「涙」を誘う話を聞きたいわけじゃない。人の苦労が報われれば、それは泣きますよ。人が死ねば泣きますよ。その「泣く」ための要素に、世間が気持ちよくなるために、Perfumeがオルタナティブな「材料」として「泣き」の定型に嵌めて語られるのがほんとに嫌なんですよ。それはPerfumeである必然がまったくないじゃないですか。
僕は、みんながそれぞれ感じるPerfumeを聞きたい。感動の表面だけをなぞったような「道夏大陸」を100回見たところで、みんなから語られるそれぞれのPerfumeは、同じになったりなんかしない。「物語」の先があるからブレイクしたんだよ。